※この記事では、本文中の表記を 「国常立神」 に統一しています。神社ごとの祭神表記は、 各神社で使用されている名称を掲載しています。
1. 国常立神の概要
国常立神(くにのとこたちのかみ)は、日本神話において天地が形づくられ始めた時に現れたとされる神です。
『古事記』では「国之常立神」、『日本書紀』では主に「国常立尊」と記されています。
国常立神は、山や海などの特定の自然物を司る神として物語に登場するのではなく、国土が成立し、永く保たれることを象徴する根源的な神と考えられています。
日本神話の中でも非常に早い段階に現れる神ですが、その後の神話で具体的な活動をする場面はほとんど記されていません。
2. 国常立神の読み方と表記
国常立神の一般的な読み方は、「くにのとこたちのかみ」です。
古典や神社によって、次のような表記が使われます。
・国常立神
・国之常立神
・国常立尊
・国底立尊
「神」を用いた場合は「くにのとこたちのかみ」、「尊」を用いた場合は「くにのとこたちのみこと」と読むのが一般的です。
これらはすべて完全に別の神を示すものではなく、『古事記』と『日本書紀』の表記の違いや、異なる伝承によって生じた名称です。
この記事では、神社で祀られる際に用いられることのある「国常立神」で統一します。
3. 国常立神の名前が示すもの
国常立神という神名は、一般に「国土が永遠に立ち続けること」を表すものと解釈されています。
「国」は、大地や国土を意味します。
「常」は、永く変わらずに続くことを表します。
「立」は、物事が成立することや、確かな形を持って現れることにつながる言葉です。
そのため国常立神は、まだ形の整っていなかった世界に国土が現れ、安定した状態で成り立つことを象徴する神と考えられています。
ただし、神名の意味については複数の解釈があり、その性格を一つの意味だけで断定することはできません。
4. 『古事記』に登場する国之常立神
4.1 天地の始まりに現れた神々
『古事記』では、天地が初めて開かれた時、高天原に天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神が現れます。
続いて宇摩志阿斯訶備比古遅神と天之常立神が現れ、この五柱は別天津神と呼ばれます。
その後、国土がまだ定まらず、水に浮かぶ脂のような状態だった時に、国之常立神と豊雲野神が現れたと記されています。
国之常立神は、『古事記』において別天津神に続いて現れる神です。
4.2 神世七代の最初の神
『古事記』では、国之常立神から伊邪那岐神・伊邪那美神までの神々を、神世七代としています。
神世七代のうち、国之常立神と豊雲野神は、それぞれ単独で現れた独神です。
その後は男女一組の神々が現れ、最後に伊邪那岐神と伊邪那美神が登場します。
伊邪那岐神と伊邪那美神は、後に日本の島々や多くの神々を生みます。そのため国之常立神は、国生み神話が始まるよりも前の、世界の基礎が整えられる段階に現れた神といえます。
4.3 現れた後に姿を隠した神
『古事記』では、国之常立神は独神として現れ、その後に身を隠したと記されています。
これは亡くなったという意味ではなく、目に見える形で活動する神ではなくなったことを表す記述と考えられています。
国之常立神には、他の神と争ったり、結婚したり、国を治めたりする具体的な物語はありません。
その存在自体が、国土の成立や世界の安定を示している神です。
5. 『日本書紀』に登場する国常立尊
5.1 最初に現れる神
『日本書紀』本文では、天地がまだ分かれておらず、世界の形が定まっていなかった時代から神話が始まります。
やがて天地が分かれ、国土が浮かび上がる中で、天地の間に最初に現れた神が国常立尊であると記されています。
続いて国狭槌尊、豊斟渟尊が現れます。
したがって『日本書紀』本文では、国常立尊は天地開闢の後に最初に現れた神として位置づけられています。
5.2 『古事記』との違い
『古事記』と『日本書紀』では、天地の始まりに現れる神々の順番が異なります。
『古事記』では、天之御中主神をはじめとする別天津神が最初に現れ、その後に国之常立神が登場します。
一方、『日本書紀』本文では、国常立尊が最初に現れる神です。
これは、どちらか一方が誤っているということではありません。古代から伝えられていた複数の天地創成伝承が、それぞれ異なる形で記録されたものです。
5.3 複数の異伝に登場する神
『日本書紀』の神代巻には、本文とは別に「一書に曰く」として、複数の異なる伝承が収録されています。
国常立尊は、天地の始まりに関する多くの異伝にも登場します。
伝承によって登場する順番や表記には違いがありますが、国土の形成と深く結び付いた重要な神として認識されていたことが分かります。
6. 国常立神と天之常立神の違い
国常立神と名前のよく似た神に、天之常立神(あめのとこたちのかみ)がいます。
国常立神が国土の成立や安定を象徴する神と考えられるのに対し、天之常立神は天の世界が永く成り立つことを象徴する神と考えられています。
『古事記』では、天之常立神は別天津神の一柱として、国之常立神より先に現れます。
名前は似ていますが、古典上では別の神として記されています。
・天之常立神:天の永続や成立を象徴する神
・国之常立神:国土の永続や成立を象徴する神
神社の御祭神を確認する際には、両者を混同しないよう注意が必要です。
7. 国常立神の神格
7.1 国土の根源を象徴する神
国常立神は、国土が形を持ち、安定して存在することを象徴する神と考えられています。
伊邪那岐神や伊邪那美神のように、島や神々を生み出す具体的な物語は持っていません。
しかし、それ以前の段階で国土の基礎を示す存在として登場することから、日本神話の世界を支える根源的な神の一柱といえます。
7.2 姿や性格が詳しく語られない神
国常立神について、容姿や性格、使用した道具などを伝える物語は、記紀にはほとんどありません。
そのため、国常立神を人間に近い姿を持つ神として捉えるよりも、国土の成立や永続という概念を神格化した存在として理解する方が、その記述に合っています。
具体的な物語が少ないから重要ではないのではなく、世界の根本に関わるため、人間的な物語を必要としない神とも考えられます。
8. 国常立神を祀る日枝神社
8.1 日枝神社の相殿神
東京都千代田区永田町に鎮座する日枝神社では、国常立神が相殿神として祀られています。
日枝神社の主祭神は、大山咋神です。
相殿には、次の三柱が祀られています。
・国常立神
・伊弉冉神
・足仲彦尊
相殿神とは、主祭神とともに同じ社殿へお祀りされている神のことです。
そのため、国常立神は日枝神社の主祭神ではありませんが、大山咋神とともに本殿に鎮まる重要な御祭神です。
8.2 江戸と皇居を守護する日枝神社
日枝神社は、江戸城の鎮守として徳川将軍家から崇敬を受けた神社です。
明治時代以降は、皇居を守護する「皇城の鎮」としても信仰されてきました。
国常立神がどの時点で相殿へ祀られたのかについては、日枝神社の公式案内だけでは詳しい経緯を確認できません。
そのため、「江戸城を守るために国常立神が勧請された」などと、明確な史料の確認できない由来を断定することはできません。
現在は、日枝神社が公式に案内する相殿神の一柱として祀られています。
9. 国常立神の御神徳
国常立神は、国土の成立と永続を象徴する神であることから、一般には次のような信仰と結び付けて語られることがあります。
・国土安泰
・家内安全
・地域の守護
・土地の安定
・事業や生活の基盤安定
ただし、『古事記』や『日本書紀』に、国常立神がこれらの願いをかなえたという具体的な物語が記されているわけではありません。
また、神社によって御神徳の説明や信仰の形は異なります。
参拝する際には、国常立神だけの御神徳を独立して考えるのではなく、その神社の主祭神や由緒、ほかの相殿神との関係も含めて理解することが大切です。
10. 国常立神の歴史的・文化的意義
10.1 日本神話の世界を支える神
国常立神は、英雄神のような活躍や、神々との争いを伝える物語を持っていません。
しかし、『古事記』では神世七代の最初、『日本書紀』本文では天地の間に最初に現れた神として記されています。
その存在は、日本神話において国土が成立し、その上で多くの神々や人々の物語が始まることを示しています。
国常立神は、物語の表舞台で活躍する神というよりも、物語の舞台そのものを成り立たせる神といえるでしょう。
10.2 記紀の違いを知る手掛かり
国常立神について調べると、『古事記』と『日本書紀』では、神名の表記や登場する順番が異なることが分かります。
この違いは、日本神話に一つだけの固定された形があったのではなく、複数の伝承が存在していたことを示しています。
国常立神は、日本の天地開闢神話を理解するとともに、『古事記』と『日本書紀』の特徴を比べるうえでも重要な神です。
現在も日枝神社をはじめとする神社で祀られ、国土と暮らしの基盤を見守る神として信仰が受け継がれています。
